共同プロジェクトの取り決め

篠本 滋  version 13.1: 2016/02/12 (original version 1.0: 2007/12/17)

京都大学物理教室の篠本グループの共同研究に参画する人に対して,共同プロジェクトに関するルールを以下に策定しておきます.これは篠本グループ内の取り決めで一般的なものではありませんが,他の人に参考になることもあるかと思います.これを読む人は,その前に篠本からの 大学院生へのメッセージ
https://s-shinomoto.com/graduatestudents.html
を読んでおいてください.

1. プロジェクトを推進する.

シノクラブ・プロジェクトでは私の指揮の下に研究を行っていただきます.基礎の勉強も含めて,議論して,やると決めたことをしっかり確認して,可能な限り実行し,逐次結果を報告してください.

■これはこちらの指令に服従しろといっているのではありません.議論の場では疑問や異議は率直に言って,とことん納得がいくまで方針をしっかり練りあげましょう.ただし議論した結果,やると決めたことは迅速に実行してください.■

仮にどうしても納得がいかずにやりたくないということがあれば,その由をかならず率直に言ってください.私は,自分の提案が受け入れられなければ残念には思うでしょうが,学生が断るという行動については失礼なことだとは考えません.できない,とか,やりたくない,ということを宣言してもらえば,別の人を当てるなどして物事を進めることができるから問題はありません.

■私が困るのは,やると言っておいてやってこないとか,仕事がむやみに遅れるということです.これは極力避けてください.仕事が遅れると研究自体が破綻し担当者の成果も消え去りますから,あまりに仕事が遅れるケースに関しては人を換えるとか追加するなどして対応します.■

2. オーサーシップについて

研究を論文にするとき,どの範囲の人を著者に入れるかということは大変深刻な問題です.過平等にするのは気楽ですが,そうすると努力した人が報われません.ある程度以下の寄与なら著者から外すという判断も必要です.

■目安として,論文への寄与が20%を超えたら著者に入れたいと思いますが,20%以下なら著者に入れないと考えています(*).論文というものを作ることは大変な努力を要するものです.そのテーマで解析をしたことがあるとか,議論に参加していたとか,ということだけで入れていきますと,コアに寄与した人が報われません.ただし注意してほしいのは,寄与の程度というのは,あくまでその論文が出来るのに貢献した効果で測るということです.アイデアが良ければ短時間でも貢献は大きいし,時間をかけて努力をしても報われないこともあります.しかしともあれその判断はむずかしく,私にとっても心苦しいものですが,任せていただくしかありません.
(*)実験グループとか外部研究者との共同研究においてはシノクラブの寄与の中の20%.■

■著者から外された場合には疎外感も味わうかもしれませんが,私がそうするとしてもその人を除外する気持ちでやっているのではなく,私としては苦しみながら判断をしているということはご理解ください.■

■自分が外された場合には,あそこは自分がやったではないか,あのアイデアは自分が出したのに,などと思うこともあるかもしれません.ただ同一研究室で同じテーマでものを考えていると,本人が思っている以上に他の人の考えが入ってきていて,自分のアイデアだったと思っても実は他の人も同じ事を考えているということは多いのです.被害者意識を持ってネガティブなスパイラルに入るようなら共同プロジェクトには関わらない方がいいかもしれません.良いアイデアを出す人は,自分のオリジナリティ,ということにあまり固執せずに,他人の研究にも気前よく良い提案をしてくれます.むろん私は良いアイデアを出した人はしっかり評価しています.下記の(**)参照.■

第1著者に立つ人には最大限の努力と責任とを求めます.その任に耐えないばあいは変更することもあり得ることは了解してください.

■私は論文の完成度を追究しているだけですから,えこひいきすることは決してありません.寄与はできるかぎり客観的に評価する所存です.■

■可能な範囲で院生を第1著者に置く方向にもっていこうとしますが, corresponding authorは,例外を除いて篠本とさせて頂きます.■

欲張りは歓迎です.出来ないことまでやると宣言するのは迷惑ですが,院生のあいだで遠慮しあう必要はなく,どん欲に取り組んでもらえば結構です.テーマに応じて院生が棲み分けることが望ましいので誘導はしていきますが,基本的にはシノクラブの研究が前進すればよいのですから同じ院生が何度登場しようが私は構いません.

■共同プロジェクトというのは,本来は力を合わせて一つの大きなものを作り上げよう,というものですが,参加者の成果追求という視点から見れば,一定の利益を複数の人間が奪い合う,というものでもあり,実際に有形無形のトラブルが起きます.私にいわせれば,「力を合わせよう」などときれい事を言う必要はなく,「あくまで参加者の自己成果追求である」と言い切ってよいと思うのです.
 (**)ただ,共同研究において自分の寄与を大げさに言うのは見苦しい.共同研究参画へのスタンスについて,たぶん一番よい納得の仕方は,どこまでが自分でどこからが誰か,という区分けやその大小に固執せず,自分を含めて共同研究に参画した人たちの共同作品であると淡々と納得することだと思います.アイデアが豊かな人は何をやってもよいアイデアを出します.自分が入っている研究に自分の長所がうまく生きていれば資質は自ずと見えてくるものです.オリジナリティを追求しようというスタンスは大事ですが,オリジナルとか独立というスローガンに踊らされる人にはたいした人はいません.■

3.論文執筆について

シノクラブの論文は篠本が監修します.院生にはまずは自分で書いてみることを勧めていますが,これまでの院生で,そのまま国際誌に通用すると思われる原稿を書けた人はいません.私の論文執筆が適切だなどと思っているわけではありませんが,とりあえずは「まし」なのです.院生としては,自分の原稿が書き直されるプロセスから,なぜ自分の表現が通用しないか,ということを学び取ろうとしてみることをお勧めします.

■普通の日本人の書いた論文は外国人に理解してもらえないものが多い.立派な身分の教員の書いた論文でもかなり苦しいものが多い.むろん私の論文執筆もまだまだですから日々精進しています.通じないことの原因は英語の文章力というよりは,もっと根本的な論理的な問題だと思います.日本人には「気持ちを察する」とか「空気を読む」とかいうことを前提として議論を展開する人が多いですが,外国人にそういう甘えは通用しません.院生のみなさんは論文の書き方の入門書などを読んで原稿を書く訓練を続けてください.ただし入門書の教えるのは作文技術であって,その前の本質的な問題を解決するものではありません.自分の研究を論文に仕上げ,国際誌への投稿を行い,デフェンスを行うという過程を通して自分の体験として学ばないと結局は身につきません.■

■教員の指導のもとで研究を仕上げていくのは貴重な体験で,まずはそれをやることを勧めますが,その一方で博士後期課程なら自立訓練もほしいですね.手始めとして,指導教員の興味から少し離れたテーマについて自分一人で,テーマ選び,目標設定,研究構成を行って単著論文を執筆し投稿するという一連のプロセスを体験するのもいいと思います.修士あたりからそれをやると大抵ハチャメチャになりますから,教員のガイダンスのもとでいくつかの論文を出した後(たとえばD2,D3あたり)に,やってみるのが良いと思います.テーマの適切性などについては最初に私としっかり議論したらいいと思います.
 注意してほしいのは,こういうことは教員の理解が必要で,一般にやっていることではないということです.スタッフが直接関わっていなくても研究室から出るすべての論文にスタッフの名前を入れるという方針の研究室もあります(そういうケースはむしろ多い).研究には予算が必要で,研究の維持のためにも代表者をいれる必要があるというロジックかと思います.理論は一般にそういうしばりが緩いですが,それも研究者によりますので確認が必要です.
 ポスドクで他の研究者についた時は(学振にせよ),ホスト研究者はポスドクを自分の研究に使いますし,またそこで自分のやりたいことを単独でやることが良いとも思いません(***).ですから,一人でやってみるのは博士課程最後の期間が唯一のチャンスになります.むろんその後,自立できたら,あとは自分でやれるし,またやらねばなりません.■

4. 実験データの扱いには慎重を期してください.

シノクラブではデータによらない理論研究もやっていますが,実験データも多数扱っています.今は実証主義の時代で,理論モデルや解析モデルなどは実験データに適用することが求められます.しかしだからこそ,貴重な実験データの扱いには注意が必要です.

貴重なデータは決してシノクラブから流出させることの無いようにしてください.解析処理後のデータを含めて,利用したい場合は必ず私に相談してください.

実験グループとの交渉は基本的には篠本という一つの窓口で行います.院生が独自にデータを扱ってみたくなった場合も,実験グループとの直接交渉はさけてください.例えば,シノクラブ院生が実験グループの院生から直接データを受け取って解析をやってみるということは決してやってはいけません.実験グループの院生がボスの許可なしにデータを提供しようとするなら,それはいわば窃盗行為です.実験の院生の得たデータは,いかにその人が苦労したものであれ,その院生だけの所有物ではないのです.研究が予算獲得を含めてどれだけ多くの人の努力の上に成り立っているか,ということが想像できない人がいるのは不思議です.

大学院修了などでシノクラブを離れるときには,実験データはパソコンからも抹消し,持ち出さないようにしてください.

■いっぽう,パブリックドメインに提供されているデータを解析することは全くの自由です.ただし一般にパブリックドメインには良いデータが多くはありませんが.■

■実験データは実験グループが何年もの歳月をかけた血と涙の結晶です.その重みを理解できない人は,研究には向いていないと思います.■

5. 研究成果の公表について.

上の議論とも共通していますが,共同研究の成果は1人の所有物ではありません.公表には,原則として共同研究者の承諾を得ることが必要です.それは論文にするときだけではなく,学会発表,他研究室でのセミナーなども含みます.アブストラクトは必ず前もって見せるようにしてください.

論文になったあとの宣伝活動は,比較的オープンに行ってもらって問題ありませんが,論文が出版されるまえの学会発表,他研究室のセミナーなどは必ず共同研究者に確認をとってください.また,論文になる前のウェブ公表は決して行わないでください.

■これは共同研究一般に関して成り立つことで,共通の財産を守るための最低のルールです.そのルールは,それほど込み入ったものではありません.つまり,対外的に情報発信する機会があれば,その前に共同研究者にメールで連絡,確認をとればいいのです.セミナーの依頼などがあれば,自分の意向を伝えると共に「後ほど共同研究者の承諾をとって正式に返事します」という一言を添えるべきでしょう.仮に私がセミナーを打診した側だとすると,この一言を添える人を評価すると思います.情報を軽々しく漏らす人は,利用されることはあっても,重要なミッションには決して加えてはもらえないでしょう.■

6. 卒業後のこと

課程を修了して別の研究組織に移られるという場合,プロジェクトの残務(たとえば投稿中の論文とか研究のやり残しの部分)を,別の組織でも続けたいということがあるかもしれません.残務がある場合には新ボスにその由を前もって伝えておいてください.

別の研究組織にいながら,シノクラブと新たな共同研究を行うという場合には,その研究にそちらのボスが関わってくることがあり得ます.共同研究を構想した段階で,そちらのボスとも協議しておくことが必要となりますので前もって私にご相談ください.

■(***)基本的には,ポスドクというのは雇用主の研究者の仕事を手伝う被雇用者,いわば従業員として扱われます.日本ではその扱いがやや曖昧ですが,一般に外国では考え方が徹底していて,独立した研究者としては扱われないことが多い(tenure trackのAssistant Professorになったあたりから独立を認められるというのが一般的のようです).なぜ勝手にやらせないかというと,ポスドクが勝手に動き始めると,プロジェクトが進まなくなり,その結果グラントが得られなくなり,次のポスドクも雇えなくなる,という悪循環に陥る危険性があるからです.ポスドク側からこれをネガティブに受け止めると,奴隷になったようでやりきれないでしょうが,その人がプロダクティブであれば,やがてボスにも,その実績を根拠にして独立させてやろうという親心が生まれてくるものと思います.功利的になることはないと思いますが,ボスの顔を立てていくことも大事だと思います.■

学振ポスドクは文科省から雇われている格好になっているので,受け入れ(ホスト)研究者とは独立した研究者ともみなせますが,前もって受け入れホストの考え方を確かめておいてトラブルを生じないようにすることをお勧めします.独立性を保つことは,自分のオリジナリティを占有出来るからよい,と考えるかもしれません.しかし,ホスト研究者は,腰掛けで居る「他人」に対しては,自分たち「仲間」のもっている知識,技術,アイデアは教えてはくれません.これは研究を守るための当然の行為です.独立性を保ちながら良いところだけ取ってやろうというのは,虫がよいというよりは,むしろその当人の風評を落とすという意味できわめて危険な考え方です.

■上の議論の繰り返しになりますが,「自由放任」の環境のもとで自分の「オリジナリティ」を守りたいのか,優れたグループに所属して知識,技術,アイデアを学び取りたいのか,という選択肢になると思います.若くして単名論文を書いて華々しいデビューを飾る,というようなシナリオには,絵に描いたような「自由」,「サクセスストーリー」が見え隠れして若者を引きつけるようですが,無数の失敗例をみてきましたのでお勧めはしません.
 実は私個人は初期に単著論文が多いのですが,それが良かったとは思っていません.また最近はその頃のようにガイドなしに自分だけで考えて何とかなるような素朴な時代ではありません.結局,ポスドク時代も大学院と同様,自分にスキルをつけるための修行の場と考えて受け入れ研究グループになじみ,メンバーとして寄与するのが自分のためにもなると思います.そのためにも,学べるものをたくさん持っている,実力のあるグループに所属すべきです.私はこの歳になっても人生は一生学ぶものだと思っています.■

7. 職探しについてのアドバイス

職探しは大学院やポスドク生活の仕上げでもありますが,結婚と同様に人生最大の選択の一つです.公募する側にとっても貴重なチャンスですから,細心の調査をしています.

私には残念ながら人事などの力はありませんが,仮に人事が目の前であったとすれば,カッコウを気にするような人には大きなマイナス点をつけ,なりふり構わずがんばってみせて,自分を売り込んでいこうとする人のほうにプラス点をつけるでしょうね.一般の人には事の本質(カッコウを気にする人生のかっこ悪さ)がわからない人が多いように思えます.研究に限らずですが,物事を成し遂げるには,なりふり構わない目的指向の生き方が必要な気がします.

■ところで,もし助教以上のテニュアポストに応募して採用されたという場合は(教授会での決定をしっかり確認してから)すぐさま他の応募は辞退する必要があります.直後にもっといいものが決まったからといって乗り換えるということは決してやってはいけません.教授会できめた人事を覆したりすると迷惑をかけ,仁義を欠くことになり,悪い噂も立ち,業界そのものに居づらくなると思います.むろん着任後1,2年してから次の応募を始めるのは自由でしょう.ただし,ポスドクは日雇いの延長のようなものなので,随時,他のポストに応募して問題はないと思います.ただしボスには相談しておくのがいいでしょう.■

8. 着任後についてのアドバイス

シノクラブ卒業生も職に就く人が増えてきましたので,ついでに職場生活の注意点など,アドバイスをしておきます.

どこでも新人が入ってくると,その新人が信用できるか,仕事をしっかりこなすか(新人がさぼって自分にとばっちりがこないか),ということにナーバスになります.多くの人は,人が自分にとって有害か無害か有益か,という基準で見ているのであって,業績がすばらしいかどうかという目で見ている人は希です.業績に興味があるという人も,それが自分の研究にとって役に立つかどうかという視点で見ている.要するに,人はおのれの利益でものをみている.職への応募書類も,この,相手の視点を意識していない書類は,当然はねられます.どうやって相手を安心させるか,自分をほしがってもらえるか,ということをよく考えることです.

そういうわけで,新しい環境に入ったときには,まずまわりの人の信頼を獲得することが大事です.初期に信用を確立しておけば,将来,多少勝手をしたい場合にもまわりの了解を得やすい.逆に初期に信用を失うと,その回復には何倍もの苦労が要るでしょう.むしろ回復できないで退場(!)というケースがけっこう多いですよ.特に初期段階に人の何倍も努力して,信用を確立することをすすめます.初期には2倍くらいのエネルギーでダッシュすることをお勧めします.印象は最初で決まってしまいます.大学院とポスドク時代にて多くのことが決まってしまう.そういう意味で,君たちはいま最も大事な時期を過ごしておられます.

*** 謝辞 ***

以上いろいろ偉そうなことを言いましたが,こういう理想論を言っていられるのは,私がこれまですばらしい先生と学生に恵まれてきたからだと思い,感謝しています.2015年に還暦を迎え,全力で第二ラウンドに入ります.

2016/02/05 篠本 滋(しのもとしげる)

数理モデリング研究会 in 滋賀 2015/11/28-29