*** 話題: 力学を使って時事問題を読み解く *** 


■ テーマ: ミサイルの到達距離について ■

2017年7月28日,北朝鮮が発射したミサイルは高度3700kmに達し日本の排他的経済水域内に落下した.この移動距離は約1000km.米国のミサイル専門家は「このミサイルはICBM級で,通常軌道なら米中西部に届く射程10000kmに及ぶ可能性がある」と評した.この問題を簡単な力学を使って考えてみた.

篠本 滋  2017年8月6日

力学の基礎は拙著 篠本滋・坂口英継「力学」(東京図書 2013)を参照のこと.

【速報】

その後もミサイルは発射されており,それらの解析結果を以下にまとめる.

2017年7月28日のミサイル情報解析.

高度$h=3700$ [km],移動距離$2R \theta_1=1000$ [km].
それから想定される初速は$v_0 = \sqrt{c *2g R} = 6860$ [m/s],時速にして約$24700$ [km/h].
到達可能距離は$2 R \theta_1=7900$ [km]と見積もられる.


2017年8月29日のミサイル情報解析.

高度$h=550$ [km],移動距離$2R \theta_1=2700$ [km].
それから想定される初速は$v_0 = \sqrt{c *2g R} = 4688$ [m/s] ,時速にして約$16900$ [km/h].
到達可能距離は$2 R \theta_1=2710$ [km]と見積もられる.

よって今回のミサイルの到達可能距離は小さく,初速によって与えられる最大飛距離に近い軌道を描いている.


2017年9月15日のミサイル情報解析.

高度$h=770$ [km],移動距離$2R \theta_1=3700$ [km].
それから想定される初速は$v_0 = \sqrt{c *2g R} = 5307$ [m/s] ,時速にして約$19100$ [km/h].
到達可能距離は$2 R \theta_1=3700$ [km]と見積もられる.

8月,9月のミサイルは初速によって与えられる最大飛距離に近い軌道を描いている.


2017年11月29日のミサイル情報解析.

高度$h=4500$ [km],移動距離$2R \theta_1=950$ [km].
それから想定される初速は$v_0 = \sqrt{c *2g R} = 7280$ [m/s] ,時速にして約$26200$ [km/h].
到達可能距離は$2 R \theta_1=9910$ [km]と見積もられる.

11月のミサイルは到達可能距離が約1万キロメートルに達した.


篠本 滋 2017年11月29日

これらの結果は以下の解析による.



半径$R$の地球の表面から初速$v_0$,地表からの角度$\phi$で打ち出された質点の運動を考える(この「初速」と「打ち上げ角」はロケット燃料噴射して目標軌道に乗せた段階の速さと角度を指す).地球の中心からの距離を$r$,角度を$\theta$とする.ピーク位置の高度を$h$,早さを$v_1$,発射位置からピーク位置までの角度$\theta_1$とする(図1(a)).ただし本稿では地球の自転の影響は考えない.

図1 (a) 半径$R$の地球の表面から速さ$v_0$地表から角度$\phi$で打ち出された質点.地球の中心からの距離を$r$,角度を$\theta$とする.ピーク位置の高度を$h$,早さを$v_1$,発射位置からピーク位置までの角度$\theta_1$とする. (b) 楕円のパラメータの関係

■角運動量の保存■

回転に対する不変性から角運動量$L \equiv m r^2 \dot{\theta}$が保存するので,
\begin{equation}
\dot{\theta} = \frac{L}{m r^2}
\end{equation}
が成り立つ(「力学」のテキストにおける式(4.178)).角運動量の大きさは初期に$r \dot{\theta} = v_0 \cos {\phi}$, $r=R$であるから$L=mR v_0 \cos{\phi}$と求まる.よって高さ$h$のピーク位置(地球中心から$r=R+h$)での速さ$v_1$は
\begin{equation}
v_1 = (R+h) \dot{\theta} = \frac{L}{m (R+h)}= \frac{R}{(R+h)} v_0 \cos{\phi}
\label{angular}
\end{equation}
となる.初期の水平方向の速さ$v_0 \cos{\phi}$が角運動保存により
\begin{equation}
\kappa \equiv \frac{R}{R+h}
\label{kappa}
\end{equation}
の比で減速されている.

■エネルギーの保存■

燃料噴射によって初速度が決定され,以後追加噴射は行われない状況を考える.空気抵抗による摩擦が無いならエネルギー$E = \frac{mv^2}{2} - G \frac{mM}{r}$が保存する.ここで$G$は万有引力定数,$M$は地球質量.地球が球対称であれば地球の外の重力は地球中心に全質量$M$がある場合と同じものを与えることがわかっている.地表での重力加速度が$g$であることから$mg=mGM/R^2$が成立するので,エネルギーは
\begin{equation}
E = \frac{mv^2}{2} - \frac{mgR^2}{r}
\end{equation}
と表すことができる.初速度の大きさ$v_0$とピーク位置での早さ$v_1$との関係は
\begin{equation}
\frac{mv_0^2}{2} - \frac{mgR^2}{R}=\frac{mv_1^2}{2} - \frac{mgR^2}{R+h}
\label{energy}
\end{equation}
で結ばれる.式(\ref{angular})を式(\ref{energy})に代入してまとめると
\begin{equation}
\frac{v_0^2}{2gR}\left(1-\kappa^2 \cos^2{\phi} \right)=1- \kappa
\label{energy2}
\end{equation}

■楕円軌道■

ロケットが地球に帰還する場合,その軌道は楕円(の一部)を描く.楕円軌道の平面極座標表示は,「力学」のテキストにおける式(1.138)にあるように
\begin{equation}
r = \frac{a(1-\varepsilon^2)}{1-\varepsilon \cos \theta}
\label{ellipse}
\end{equation}
で与えられる.ここで$a$は楕円の長半径,$\varepsilon$は離心率(ここでは「力学」のテキストから180度回転した座標をとって$\cos \theta$の符号をマイナスにしている).ピーク位置の高さとの関係は(図1(b))
\begin{equation}
R + h = a(1+\varepsilon)
\label{ellipse2}
\end{equation}
となり,楕円と地球$r=R$との交点が角度$\theta_1$を与える:
\begin{equation}
R = \frac{a(1-\varepsilon^2)}{1-\varepsilon \cos \theta_1}
\label{ellipse3}
\end{equation}
式(\ref{ellipse2})と式(\ref{ellipse3})により$\kappa$は
\begin{equation}
\kappa \equiv \frac{R}{R+h} = \frac{1-\varepsilon}{1-\varepsilon \cos \theta_1}
\label{ellipse4}
\end{equation}
となる.図1(b)より打ち上げ角$\phi$は
\begin{equation}
\frac{\delta r}{r \delta \theta}=\frac{1}{R} \left. \frac{dr}{d\theta} \right|_{r=R}= \tan \phi
\label{angle}
\end{equation}
の関係を満たすことがわかる.楕円の式(\ref{ellipse})を微分して$ \frac{dr}{d\theta} = a (1-\varepsilon^2) \varepsilon \sin \theta /(1-\varepsilon \cos \theta)^2$となり,これに式(\ref{ellipse3})を代入すると$\tan \phi = (\varepsilon \sin \theta_1)/(1-\varepsilon \cos \theta_1)$,あるいは
\begin{equation}
\frac{1}{\varepsilon}=\cos \theta_1 + \sin \theta_1 \cot \phi
\label{ellipse5}
\end{equation}
式(\ref{ellipse5})を式(\ref{ellipse4})に代入することで$\varepsilon$を消去し,
\[
\kappa = 1+ \tan \phi \frac{\cos \theta_1 - 1}{\sin \theta_1} = 1 - \tan \phi \tan \frac{\theta_1}{2}
\]
この関係を用いれば,試射におけるピーク高度$h=h_0$(あるいは$\kappa_0=R/(R+h_0)$)と落下地点までの距離$2R \theta = 2R \theta_0$(あるいは角度$\theta = \theta_0$,あるいは$t \equiv \tan \frac{\theta_0}{2}$)が求まれば発射角$\phi = \phi_0$あるいは$\tan \phi_0$は
\begin{equation}
\tan \phi_0 = \frac{1 - \kappa_0}{t}
\label{ellipse6}
\end{equation}
のように求まる.これらから初速度に関しては式(\ref{ellipse6})を式(\ref{energy2})に代入することにより
\begin{equation}
c \equiv \frac{v_0^2}{2gR} = \frac{1-\kappa_0}{1-\kappa_0^2 \cos^2 \phi_0} = \frac{t^2+(1-\kappa_0)^2}{t^2 (1+\kappa_0) + 1 - \kappa_0}
\label{ellipse7}
\end{equation}
のように求めることが出来る.

今回の報道情報に当てはめると,高度$h=3700$ [km],従って$\kappa_0=R/(R+h)=6730/10430 = 0.645$.試射の移動距離$2R \theta_1=1000$ [km],$\theta_1=1000/2/6730 = 0.0743$ [radian],あるいは$\tan \frac{\theta_1}{2}=0.0372$.これを式(\ref{ellipse7})に代入すると$c \equiv \frac{v_0^2}{2gR} = 0.356$,$v_0 = \sqrt{c *2g R} = 6860$ [m/s] これは時速にして約$24700$ [km/h]となる.ちなみに,地表のごく近くを衛星として周回するための速度は第一宇宙速度と呼ばれ,その時速は約$28000$ [km/h].地球の引力圏外に脱出するために必要な最小初速度は第二宇宙速度と呼ばれ,その時速は約$40000$ [km/h](各々「力学」テキストの式(3.117),式(3.115)).参考までに,普通のジェット旅客機の巡航速度は約$1000$ [km/h]である.

■最大到達距離■

式(\ref{ellipse7})を用いて,試射における高度と到達距離からロケットの初速$v_0$を見積もることができたが,この式は一般に成立することから,同じ初速$v_0$(あるいは$c \equiv \frac{v_0^2}{2gR}$)にて,別の角度$\phi$で打ち上げた場合の到達高度$h$(あるいは$\kappa=R/(R+h)$)と到達角度$\theta_1$の関係を規定する.式(\ref{ellipse7})を変形すると
\begin{equation}
t^2 = \tan^2 \frac{\theta_1}{2}=\frac{(1-\kappa)(1-\kappa - c)}{c (1+\kappa)-1}
\label{ellipse8}
\end{equation}
が得られる.式(\ref{ellipse6})を用いて$\kappa$を消去すると,$s \equiv \tan \phi$として
\begin{equation}
t s^2 - c (1-t^2) s + (1-2 c) t = 0
\label{ellipse9}
\end{equation}
この式は,発射角$\phi$(あるいは$s \equiv \tan \phi$)に応じて到達角度$\theta_1$(あるいは$t=\tan \frac{\theta_1}{2}$)が決まる様子を表している(図2).到達距離$2 R \theta_1$を最大化するには$t=\tan \frac{\theta_1}{2}$を最大化するような発射角$\phi$を求めればよい.そのためには$\partial \theta_1/\partial \phi=0$を求めれば良いが,それはとりもなおさず$\partial t/\partial \phi=0$を求めるのと同等である.その条件を求めるために式(\ref{ellipse9})の両辺を$s$で微分し$\partial t/\partial s=0$を入れればよい.それは
\begin{equation}
2 t s = c (1-t^2)
\label{ellipse10}
\end{equation}
式(\ref{ellipse10})と式(\ref{ellipse9})から
\begin{equation}
t \equiv \tan \frac{\theta_1}{2} = \frac{\sqrt{c^2-4 c +2 \pm 2 (1-c) \sqrt{1-2 c}}}{c}
\label{ellipse12}
\end{equation}
この結果を受けて着地点までの角度は$2 \theta_1= 4 \arctan{t}$で与えられる.

式(\ref{ellipse12})に今回の結果$c \equiv \frac{v_0^2}{2gR} = 0.356$を当てはめると,$t=0.302$または$t=3.31$となり,$\theta_1 = 0.586$または$\theta_1 = 2.55$,よって到達距離は$2 R \theta_1=7900$ [km]となる.もうひとつの解$2 R \theta_1=34400$ [km] は逆向きに投げ上げた場合に相当し,反対向きから測った距離に対応する.

図2 様々な角度で打ちあげられた軌道.最大到達角度$2 \theta_1$(あるいは最大到達距離$2 R \theta_1$)を実現した軌道をマゼンタで描いた.


*** 現実の問題 ***

ここでは,大気による空気抵抗や,地球の自転公転の効果などを無視して,ロケットの運動を単純化して解析した.現実に飛ばすなら,これらの問題を精密に数値的に扱う必要があろう.また,ここではロケットの推進力は初期速度(初速$v_0$,発射角$\phi$)を生み出すのにすべて使い尽くしたと単純化したが,現実的には飛翔途中に制御することは考えるだろう.ロケット発射後の制御はどうやるのか,力学より面白い問題がありそうで興味がある.



*** 単純なモデルを用いた確認 ***

上ではやや複雑な計算を行ったので計算ミスが無いか心配である.簡単なモデルによる概算から,得られた結果がリーズナブルかどうかについて確認することも大切である.

地球が丸いことや,重力加速度が高度に応じて変わるということを無視すれば,地上の質点投げ上げの問題になる.早さ$v_0$で真上に投げ上げた質点は下向き重力加速度$g$を受けて減速し,やがて落ちてくる.運動エネルギーは$m v_0^2 /2$で,それが重力ポテンシャルエネルギー$mgh$におきかわるので,高さは$h=v_0^2/2g$に達する.

それと同じ早さ$v_0$で斜めに投げ上げた場合には放物線軌道をとり,水平到達距離$d$は投げ上げ角$\phi$に応じて変化し,$d=v_0^2 \sin{2 \phi}/g$と求まる(「力学」のテキストにおける式(4.161).文字標記は異なる).投げ上げ角を$\phi=\pi/4$にすれば水平到達距離は最大となり$d=v_0^2/g$で与えられる.真上に投げて到達する高さの2倍の距離である.

つまり,質点を真上に投げ上げたときに高さ$h$に到達したとして,同じ速さで斜め上45度に投げ上げれば,水平距離は$h$の2倍の距離に達する.この結果を件のミサイルに適用する.日本の排他的経済水域に到達した横向きの運動は無視して,真上に打ち上げて高度$3700$ [km] あがったものとみなすと,その初速で打ち上げ角を調整することによって達成できる最大到達距離は,最大高度の2倍となる.近似的に$7400$ [km] に到達させることができる,という概算が得られる.これは先の結果と大体近い値を出している.


 

 

 「力学 (基幹講座物理学) 」東京図書 2013
 篠本滋 (著), 坂口英継 (著), 益川敏英 (監修), 植松恒夫 (編集), 青山秀明 (編集)
 

--- SHIGERU SHINOMOTO ---------------------------------------------------