平成22年度日本神経回路学会論文賞概要  日本神経回路学会誌 Vol.17 (2010) 205-207.

Relating neuronal firing patterns to functional differentiation of cerebral cortex.
S. Shinomoto, H. Kim, T. Shimokawa, N. Matsuno, S. Funahashi, K. Shima, I. Fujita, H. Tamura, T. Doi, K. Kawano, N. Inaba, K. Fukushima, S. Kurkin, K. Kurata, M. Taira, K. Tsutsui, H. Komatsu, T. Ogawa, K.Koida, J. Tanji, and K. Toyama,
PLoS Computational Biology (2009) 5:e1000433.

本研究論文に対して神経回路学会論文賞をいただき大変光栄です.この論文は我々が数年がかりで大変な苦労をして作り上げた,思い入れのある作品で,これを神経回路学会が評価してくださったことは感激です.論文は21人の共著であり共同受賞者も多いのですが,ここでは篠本に受賞記事の依頼をいただきましたことを利用させていただいて,勝手に思いのたけを綴ってみたいと思います.

本研究の科学的意義

この研究のメッセージは論文題名の通り,神経信号パターンが大脳皮質の機能と相関している,という事実の発見にあります.行動中のサルの脳から計測されたスパイク時系列の時系列パターンの特徴を「局所変動係数 Lv」の改良版「LvR」によって定量化し,運動野,視覚野,前頭連合野,の発火パターンの特徴がおのおの,規則的,ランダム,バースト的,であることを見いだしました.

脳を染色し細胞構築を観察することを通して大脳皮質を52領野に分類したブロードマンの脳地図は百年間にわたって神経科学で使われつづけています.それは細胞構築の違いが脳機能の違いを忠実に表現していたからに他なりません.今回我々は様々な脳部位の神経細胞から発信されているスパイク信号を分析することを通して,発火パターンの特徴が機能に相関していることを明らかにしました.これによって,構造,機能,信号,の三者が互いに連関していることを示したと考えております.

神経コーディングの問題として神経発火パターンを理解しようとすると,なぜ神経細胞がランダムな信号を使っているのかということは謎のままです.相手に早く正確に信号を送り情報処理を行うことが神経細胞の役割であるとすれば,このランダム信号というのは適切な戦略ではないと考えられるからです.大脳皮質の神経発火はランダムである,という程度の素朴な記述はこれまでもなされており,そのランダムな信号は,ベイズ的推論を行うために有効であろう,という議論はありましたが,それは想像の域をこえてはいません.信号のポアソンランダム性からのずれをとらえ,機能領野による違いを示した今回の発見は,神経コーディングの謎の解明にむけて重要な手がかりを与えると考えます.

理論神経科学の方向性

神経回路学会員の研究テーマは数理モデリング,工学応用,計算学習理論,理論神経科学など多岐にわたります.研究も社会も一カ所に小さくまとまってしまわずこのように多様性が保たれていることが健全だと思っています.私,篠本はこの20年間で,数理モデリングから計算学習理論を経由して理論神経科学のデータ解析へと研究スタイルを変えてきました.

私は抽象理論が嫌いになったというわけではないのですが,たとえて言うなら,人工空間の多いアーバンライフに息苦しさを覚え,自然との交流がある狩猟生活に移った,という感じです.ただし狩猟生活も楽しいことばかりというわけにはいきません.キャンプの移動先には先住者がいますし,その先住者に混じれば,それまでに自分の築いたキャリアが生かされないのが常ですから,屈辱的な思いもいたします.一般に年齢と共にプライドは高くなり,新入りに混じって手習いから始めるくらいなら自分のキャリアが生きる分野にとどまる,という人が多いのですが,私の場合は,移動先でバカにされながらも,新たな交流や体験が始まるという楽しみを優先して,キャンプを移していきました.

今回の研究はその成果の一つで,神経生理学研究グループから各々の研究に用いられた神経信号データをいただき,その信号の特徴解析をしたものです.サルの行動課題を扱う研究者は一つの課題に何年もの歳月をかけます.今回の共同研究は生理学者にとってはあまり大きな負担にならないとはいえ,見知らぬ人に軽々にデータを提供する人はいません.こういう研究交流ができたのは,甘利俊一先生らが推進された,理論と実験ジョイントの重点研究,特定研究に入れてもらった結果,実験家と交流が生まれたおかげです.

昨今はどんな分野でも計測データの量が爆発的に増大しており,今後データ解析ビジネスは増えていくと思います.米国などでは神経科学研究も大規模化し,実験家だけで行う研究は減少し,理論家を取り込んだ共同研究があたりまえになってきています.日本の神経生理学者にも旧来のスタイルでは外国,特に米国に太刀打ちできなくなることを感じている人が多いと思います.この現状は理論家にとってもビジネスチャンスになると思います.しかしそこで,理論家が世の動きをしっかりとらえて自分たちのスキルを向上させておかないと信用を失い,ビジネスを失います.時流に乗ればよいというわけではないですが,不勉強は問題外です.

今回の研究は,実験研究を手伝ったわけではなく,自分の興味のために実験データを利用したものですが,私は実験研究が自分の興味にあうものなら,率先して解析のお手伝いをやりますし,事実それをやって楽しんでいます.ただし誤解が起きないように注釈しておきますと,実験家は理論家との共存共栄を願っているというわけではなく,むしろ,目の前の実験データを生かすために理論家を使いたい,というのが彼らの本音だと思うのです.これは失望すべきことではなく,むしろ,人は相手が自分に役立つかどうかという基準で相手をはかっているというごく当たり前のことです.ですから,理論家のほうもしたたかに,実験家の役に立ちながら実験を自分のために利用する,という気持ちになればよいのだと思います.つまり,共同研究というのは,互いに互いを利用すればよいので,それで互いにメリットがあれば申し分ないと思うのです.

本研究の思い出話

まずこの論文に至るまでの経緯をまとめます.東北大学丹治研のデータをいただき,局所変動係数 Lv を用いて非ポアソン性をとらえ,皮質ニューロンの発火はポアソン的であるとは限らないこと,そして信号の不規則性はニューロンごとに比較的一定している,という報告をしたのは2003年のことです.その後,大阪大学の藤田さん田村さんのデータをもらって別の領野を調べているうちに,領野の差もかなり大きいということがわかってきました.そこで2005年に,全領野からデータを集めて分析してみようという構想をもち,多くの生理学者にメールを送り,会議などで会うたびに催促もしてデータをかき集めました.そうこうして解析が一定のまとまりを見せ始めたのが2007年頃だったと思います.まずは解析結果を図にして論文原稿を書き,その年の末に外山敬介先生にアドバイスをお願いしました.この段階では,あと数ヶ月もすれば論文になるだろう,という気軽な読みでしたが,その後,2008年は後述するように地獄の年になり,出版にこぎ着けたのは翌2009年と,結局さらに1年半を要しました.

原稿を外山先生に見せますと,論文の書き方が全くなっていない,ということで2008年1月から猛特訓が始まりました(誤解の無いように申し添えますが,私の書き方のみが悪いのではなく,多くの日本人論文に重大な欠陥があると思います).毎日,原稿の一部数行について問題点のコメントと修正案が送られてきて,午前中に電話がかかってきます.書いていることがよくわからん,というわけですが,その解説と議論に2-3時間かかります.ほとんどは外山先生が話しているわけですが,こちらは説明に右往左往している間に頭はどんどん混乱します.これが月曜から金曜まで続き,それでもらちがあかないとなると土曜にファミリーレストランに呼び出されました.そこでも3時間近く口角泡を飛ばしたコメントをもらうわけですが,目の前で話されると電話以上に迫力があります.いつか,私が疲れ果てて声が出なくなったことがありましたが,外山先生は「疲れているのか? だいたいしゃべっているのは私であって,君はアーとかウーとかいっているだけではないか.こっちが疲れるというのならわかるが,そっちが疲れるのはおかしい」などどいわれるわけです(あなたならどう反論します?).1,2ヶ月過ぎると,電話を受けると咳が止まらなくなり,腰痛もひどくなり,と大変な状況になったのですが,幸いアメリカ出張が入って1週間電話を受けないですんだ時期がありました.案の定,咳もとまり腰も治って帰国いたしました.特訓はしかしこの1週間の休憩をはさんで計3ヶ月間続きました.今となってはこれも懐かしい思い出となりましたが,なにかにつけてそのときのことを外山先生にからかわれます.

この特訓で論文原稿の骨格ができあがった後,出版にこぎつけるまでにさらに1年以上を要しました.外山先生はつねに厳しかったわけですが,この研究の重要性を一番理解してくださっていたのは外山先生でもあり,なんとか研究がまとまったのはなんといっても外山先生のおかげです.50歳を過ぎてこれだけの特訓を受けることはつらくはありますが,この歳の学生に授業料無しでここまで特訓をしてくれる人はそうはいないでしょう.外山先生との出会いは大変な幸運であったと心底感謝しております.この特訓を通して研究の苦しさも思い知りましたが,それと同時に,研究のおもしろさをこの歳になってはじめて実感することが出来た気がいたします.論文の書き方も向上した,といいたいところですが,それはこれからの私の精進にかかっています.

一行のステートメントを得るために数十回の議論と解析を行い,一つの図を作るために数十枚の図を試作しました.苦労と思いのこもったこの論文は私にとって最も愛すべき作品となりました.院生の金秀明君と下川丈明君は,2007年から2009年の出版までの長きにわたり苦しい道を一緒に歩んでくれました.彼らは私の学生ではありますが,この論文については戦友であり,その思いもあって彼らは私と共にequally contributedの著者とさせていただきました.そのほかの共著者の皆さんからも,データ提供に加え,様々な形で支えていただきました.何人かの外国の友人にも苦しいときに泣き言をいい,彼らからもアドバイスをもらいました.苦しいときに安易になぐさめず,厳しいコメントをくれる人は真の友人であると感じました.これらすべての関係者に感謝の意を表したいと思います.

篠本 滋 (京都大学理学研究科)